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極貧デザイナーの私が、冷徹CEOに溺愛されるなんて!?
極貧デザイナーの私が、冷徹CEOに溺愛されるなんて!?
Author: 悠・A・ロッサ

第1話 その視線は、すでに私を捕えていた

last update Last Updated: 2026-01-25 15:03:07

「……来たな」

 社長室の大きな窓から、久世くぜ 怜司れいじはエントランスを見下ろしていた。

 白川しらかわ みお

 服装も化粧も控えめ。

 古い型のスーツを、無駄なく仕立て直している。

 目立とうとはしていない。

 だが、線の取り方、丈の落とし方、袖の収め方――

 そのすべてが、異様なほど正確だった。

(……なるほど)

 今日は、二次審査の日だった。

 服飾のハイブランド《ルクソリア》。

 その中でも、伝説と呼ばれるライン――《AURORA(アウローラ)》。

 そのデザイナーを選ぶための、最終候補を絞る選抜。

 そして今、その席にふさわしいかどうかを見極める相手が、もうそこにいる。

 伝説のドレス《アウローラ》を、もう一度この世に引きずり戻せるかもしれない。

 たった一人の女。

「……ちょっと、確かめてくる」

 背後で、秘書の佐々木が息を呑む音がした。

 扉を開ける直前、怜司は振り返りもせず、小さく呟く。

「面白くなりそうだ」

***

 私、白川澪が本社ビルに着いたのは、予定より少し早かった。

 南青山の《ルクソリア》本社。

 ガラス張りのエントランスは、朝の光を受けて静かにきらめいている。

 受付を通り、案内までの時間を確認してから、私は足を止めた。

 ——《アウローラ》。

 展示スペースの一角。

 写真と図面、簡潔な解説。

 着る人の人生を変えるドレス。

 視界に入った瞬間、世界が一段、静まった。

 息を吸うのを忘れる。

 ただ、そこに在る、という圧だけがあった。

 母の工房にあったものとは、違う。

 色も素材もデザインも。

 でも、纏う空気と完成度は変わらない。

 布の重なり。

 光の逃げ方。

 影になる位置。

 写真なのに、分かる。

 観客席から見えない部分。

 動いたときにだけ現れる線。

(……これ)

 考えるより先に、身体が反応した。

 バッグからスケッチブックを取り出す。

 鉛筆を走らせる。

 線が、止まらない。

 さっきまで霧がかかっていた部分が、するすると形になる。

 ここは、落とす。

 ここは、逃がす。

 光を集めすぎない。

 ページをめくる。

 もう一度、重ねる。

 ——楽しい。

 こんなふうに、頭と手が同時に動くのは、久しぶりだった。

 ふと、周囲の気配が戻ってくる。

 私は顔を上げた。

 時計。

 ——まずい。

 思ったより、時間が経っている。

 二次審査の開始まで、ほとんど余裕がなかった。

 慌ててスケッチブックを閉じ、立ち上がる。

 足が、前に出る。

 走ろうとした、その瞬間。

 重心が、わずかに崩れた。

「……っ」

 転ぶほどじゃない。

 でも、身体が一拍、遅れる。

 次いで、腕に触れる感触があった。

  強くない。

  引き寄せるでもない。

  ただ、止めるだけ。

 私は息を呑んで、振り返る。

 スーツ姿の男性が立っていた。

 背が高く、その黒のスーツは一見シンプルだが、寸分の狂いもないオーダーメイドだ。

 顎のラインが鋭く、襟元から影が落ちる。

(……なんて、目)

 視線が合った瞬間、胸の奥を射抜かれた気がした。

 冷たいはずなのに、奥底では確かに熱が揺れている。

 心臓が、一拍遅れて強く鳴った。

 視線は私を捕らえ、逃がさない。

 その熱が、肌にじわりと広がる。低い声が響く。

「……大丈夫ですか」

 世界が少し揺れた。

 ——近い。

 低い声は落ち着いていて、急かす響きがない。

「はい……ありがとうございます」

 少し遅れて、声が出た。

 心臓の音が、やけに大きい。

 男性の視線が、私の手元に一瞬だけ落ちる。

 スケッチブック。

 閉じきれていないページ。

 ——見られた、かも。

「その線、光を逃がさない。

 ただ……」

「え?」

「いえ、デザイナー志望?

 アウローラの二次審査ですか?」

「はい、なんで……」

「時間、近いでしょう」

 言われて、はっとする。

「……はい」

「向こうです」

 それだけ言って、男性は歩き出した。

 迷いのない背中。

 私は、半歩遅れて、その後を追う。

 扉の前で、彼はもう一度、私を見た。

 瞳の奥で、何かがゆっくりと蠢く。

 獲物を値踏みするような、静かな飢えを感じる。

 それなのに、声だけは穏やかだった。

「君の線は……」

 一瞬、言葉が途切れる。

 まるで、喉の奥で抑え込んでいる衝動を、そのまま飲み下すように。

「一度、見たら忘れられない」

 指先が、わずかに動く。

 さっき触れた腕の位置を、記憶するようになぞる仕草。

 触れていないのに、肌が、勝手に熱を持つ。

 私は、先に目をそらした。

 ――それが、間違いだったのかもしれない。

 男の唇が、ほんのわずかに上がる。

 微笑みではない。

 捕らえた、という確信に近いもの。

「では」

 それだけ言って、彼は背を向けた。

 それなのに、妙に印象だけが残った。

 扉の前で、私は一度、深く息を吸う。

 ドアノブに手をかける。

 二次審査が、始まろうとしていた。

***

 呼吸を整えて、会議室の扉を開ける。

 一瞬で、空気が切り替わった。

 長いテーブル。

 並んだ資料。

 すでに席についている人たち。

 テーブルの上に、名札が並んでいる。

 白地に、黒い文字。

 空いている席を探していると、

「初めまして」

 声がして、顔を上げた。

 向かいの席の女性が、軽く微笑んでいる。

 整えられた髪。

 流行をきれいに着こなした服。

 余裕のある姿勢。

「成瀬です。よろしくお願いしますね」

 柔らかい声。

 敵意はない。

 そのとき、視線がテーブルに落ちた。

 ——成瀬 美玲。

 胃の底が、冷たい塊になった。

 《ルクソリア》若手デザイナー・成瀬美玲。

 社内アワード受賞。

 《アウローラ》デザイナー候補。

(……私のデザインを、盗んだ人)

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